「さあ! おとなしくゲットされるのよ!」
 私はそう言うと、ヤツに向かってモンスターボールを投げた。
「やだね」
 私の目の前2〜3メートル先にいるヤツは、ぱこーんと尻尾を振ってモンスターボールをはね飛ばすと、私に尻を向けた。
「――!!」
「だいたいさあ」
 ヤツは顔だけをこちらに向け、きょとんとした瞳で言った。
「オレみたいな少年ゲットして、どーするつもりだったの? もしかしてお姉さん、そーいうシュミ?」
「なっ!?」
 そ、そーいう趣味って……!?
 しかも、そういう事をポケモンに言われるだなんて……!
「ばかーっ! なるべく若いうちから育てるのがポケモンの基本でしょ!?」
「若いってか、レベルの問題っしょ?」
 やつ――水色の、くるんとカールした尻尾をもったゼニガメ――はぴょんと跳びはね、こっちに向き直った。
「オレは強いぜ?」
 蒼く、蒼く澄んだ瞳に、一筋の光をたたえ――そのゼニガメは言った。
「ポケモンが人間を攻撃してはならない、なんて訳わかんねえ法律なかったら――」
「!?」
 ゼニガメの澄んだ目の光が増した。危険な光。
「お姉さんなんか簡単に」
「…簡単に何よっ!?」
「…じゃあね!」
 そう言うと同時に小さな水球を手のひらから出し、こちらにほおり投げてきた。とっさに両手で頭を守る。そのうちにゼニガメの少年は、風のように去っていった。
「あんなポケモン、見たことないぞ・・・」
 水球が、私のすぐ横を掠めて、背後でぱしゃんと弾けた。軽く水しぶきを浴びた私は、腹立たしさと同時に、ただ信じられなくて、ずっとその場につっ立っていた――
 

「あー。腹立つ。」
 私はそう言うと、冷蔵庫の中の缶ビールをぐいっとやった。
「おやおや。昼間っからビールですか」
 キース。私の通うアカデミーのクラスメイトであり、悪友でもある。
「うるさい!」
「はぁーあ。未成年の女の子が、首にタオル巻いて、冷蔵庫の前であぐらかいてビールか。しかも大学で。」
「うるさいっ! 殴るぞ! それにもう私はハタチになったんじゃ!!」
「いやーん。恐いです〜。ご主人様いじめちゃだめですぅ〜」
「アイチェ…」
 私はキースの前に弱々しく仁王立ちしている少女を見た。ピンクのとんがり耳に、まあるくカールした前髪。エメラルドグリーンの大きな瞳。プリンの少女である。
「それに二十歳なんかに見えないですぅ。百歩譲って中学生ですぅ」
「うむ。もっともだ。」
 ぐっ。人が気にしていることを。
 キースの持ちポケモンである、このプリンの少女、素直でいい娘なのだが、素直すぎる。思っていることをずばっと言ってくれる。つまり毒舌なのだ。しかも、常にキースがそれを助長する。
「キース!! このコの育て方間違ってる!」
『悪いトレーナーに育てられたポケモンは悪いポケモンになる。』そんなの子供でも知っていることわざだ。
「・・・うーん。ちょっと色々教育し過ぎたかなぁ」
「キャー!ご主人様のエッチ〜」
 顎に手をやり考え込むキースと、頬を赤らめながら彼に裏手つっこみを入れるアイチェ。・・・こいつら・・・ついていけない。
「何の会話…だッ!」
 私はビールの空き缶をキースの脳天目がけて投げた。コントロールはいいつもりなので、アイチェには当たらないだろう。きれいな放物線を描いてキースへと向かう缶。
その瞬間。
「ご主…危ないですっ!!」
 そう言うと、アイチェは飛んできた空き缶をはたき落とした。プリン名物はたき攻撃。1秒前まで空き缶だった金属片は、カランと軽い音を立て無惨に転がっていった。
 私は思わず青ざめた顔で、プリンの少女を見つめる。小柄な私より、更に小さな身体。細い腕に、細い脚。折れそうなウエスト。体のつくり事体が小さいのだ。あの空き缶をはたき落とした小さな手の指先には、ピカピカの桜貝のような爪がある。着ているのは、ピンクのエプロンドレス。もちろんキース――やつのポケモンの使い方は、絶っ対!間違っている――の趣味だ。この体のどこに、あんな力が・・・。
「うっうっ…。リンカさん、ひどいですぅ!! 凶暴ですぅ。ご主人様ぁ、大丈夫ですかぁ?」
 アイチェが、大きな宝石のような瞳に涙を浮かべ、エプロンドレスの裾を握りしめる。その仕種は女の私の目から見てもかわいい。
「大丈夫だよおおー。あぁーアイチェー!!」
 …案の定、キースは感極まった表情でアイチェをぎうーーっと抱き締める。
「あぁー。ご主人様ー!!」
 バカップルだ。100%バカップルだ。
「知らん」
 私は、抱き合う二人を尻目に部屋を出ていった。アカデミー3号館、ヒラザキ教授のゼミ室を。

 初夏の爽やかな風が、ふわりと駆けてゆく。気持ちのよい天気だ。私は意味もなくアカデミーの中庭をぶらぶらとすることにした。緑の風が髪を梳き、ぱらぱらと踊らせる。
 (あいつらのラブラブぶりを見ていると疲れる・・・。)
 私は苦笑した。全く、ポケモンと人間のくせして、新婚さんのような熱愛っぷりだ。
 キースの女好きは、アカデミー入学当時からよく知っている。それどころか、以前、やつはよく私を口説いていた。……私はいつもあしらっていたが。が、ちょっと仲良くなったとたん「オレが好きなのは女の子だ!」と吐き捨てるなり、ぱったりと口説くのをやめた。確かに私は男っぽい性格だと自分でも思うが、それはかなり失礼ではないだろうか?
 ――話がずれたが、とにかくキースは顔がいいのを良いことに、女の子をとっかえひっかえしていた。だから、やつの女好きはよぉーく知っていたつもりだ。だが、まさか。
 まさかポケモンにまで手を出すとは思わなかった。やつがアイチェをゲット(あれはゲットというのだろうか?)した時の事なんて……思い出したくもない。
「はあぁ・・・」
 思わずため息が出た。
「まあ、いいんだけどね。」
 そうは言ったが、私自身は人間とポケモンの恋に反対している訳じゃない。あの二人を見ていると、よく思う。別に、人間とかポケモンとかにこだわらなくっていいんじゃないかって。
 キースがこんなに一人の女の子と続いているのはアイチェが初めてだし、二人は本当に信頼しあっているというか――強い絆みたいなのを感じる。あの、ラブラブぶりは、見ていて微笑ましい時だってある。
 それに、これは大きな声では言えないが、ポケモンと人間ってほとんど同じようなものじゃないか。人間に、耳や尻尾や角etc、人間が持っていないモノがくっつくと、それはポケモン(ポケットモンスター)と呼ばれる生き物になる。
 アイチェだって、あの耳と翡翠の瞳を隠せば、フツウの、可愛い小柄な少女である。
 あのゼニガメ少年だって――
 私は急に、昼間会った、あの生意気な少年を思い出した。透き通った水色の髪に、蒼の瞳。くるんとカールした尻尾。
「それがなければ、普通の人間の男の子だよなぁ」
 あ。それと、あの泡攻撃がなければ、だった。
 私は、今の人間とポケモンの線の引き方に疑問がある。どうしてポケモンは人間に捕まえられて、人間のいう通りに動かなければいけないんだろう?
 そんな気持ちもあって、今まで一度も自分のポケモンをゲットせずにきたのだ。が、進級に必要な単位のために、どうしてもポケモンをゲットして、PMマスターライセンスをもらわなければならないことが分かった。
 それで、野生のポケモンが生息するとされている、銀風エリアに足を踏み入れたというわけだ。普通なら、自分の持ちポケモンで相手を弱らせてからゲットするものなのだけど、私の場合持ちポケモンというのがいない。本当は十歳になった時に地元のポケモン研究所で、はじめのポケモンをもらえるんだったけど。…そのころからポケモンに興味がなかったなんて、私もつくづく変人である。
 で、結局、ポケモン初心者の私がポケモンを捕まえられる訳も無く。やっきになっていたところにやって来たゼニガメ少年にいきなりモンスターボールを投げ付けた…と。
「考えたら、無謀な事をしたよなぁ」
ゼニガメの尻尾ではね飛ばされて、きれいな放物線を描きながら飛んで行ったモンスターボールが記憶によみがえる。とにかく、単位を取らなければ卒業は出来ないのだし、なんとかして自分のポケモンをゲットしなければならない。
明日、街に行って必要な道具を揃えて来よう。溜息を1つつくと、私は今度ゲットするなら絶対に生意気な奴は避けるぞ、と誓った。